酵母勃興!分子生物学会年会でワークショップ「酵母ルネッサンス」をやります

みなさま、

以下の通り、酵母を愛する研究者が今年の分子生物学会初日12/3のワークショップ「酵母ルネッサンス」で存分に語り尽くします。
特に十分に時間を割いたパネルディスカッションは見所です。酵母による究極の研究の未来を皆さんで見極めましょう。

どうぞお誘い合わせの上ご参加下さい。

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1PW14 第 14 会場(神戸国際展示場 2 号館 3 階 3B 会議室)

「酵母研究ルネッサンス」

オーガナイザー: 守屋 央朗(岡山大学),吉田 知史(ブランダイス大学)

酵母は「究極の細胞」として、真核細胞の単純なモデルとしての確固たる地位を築いている。一方で、単純であるが故に、高次生命現象へと向かう分子生物学の潮流からはずれ、その研究の未来に疑問をもつ研究者も少なからずいることも事実である。本ワークショップでは、究極の細胞であるからこそ可能な、他の生物では到達しえない「酵母研究の新たなる勃興」について、若手研究者を中心に話題提供してもらう。最後に、「酵母研究の未来」について、会場からの意見を取り上げつつ討論する。

13:15 Introduction 守屋 央朗(岡山大学)
13:20 1PW14-1「酵母で明らかにする、細胞が傷を治すメカニズム」河野 恵子,折井 みなみ,温 欣宜,中西 真(名市大・医)
13:38 1PW14-2「酵母だから測れる(?)、過剰発現のコピー数限界」守屋 央朗(岡大・異分野コア)
13:56 1PW14-3「酵母をとおしてみたゲノム維持の素顔」飯田 哲史1,2,4,飯田 直子 3,6,中嶋 映里香1,2,瀬々 潤5,中村 保一 3,6,小林 武彦1,4(1 国立遺伝研・細胞遺伝,2JST・さきがけ,3 国立遺伝研・大量遺伝情報,4総研大,5東工大・理工・計算工学,6DDBJ)
14:14 1PW14-4「インタラクトーム動態を捉える超高速酵母テクノロジー」谷内江 望(トロント大・ドネリーセンター)
14:32 1PW14-5「酵母で創って解析する第六感発現のメカニズム」西田 敬二1,近藤 昭彦2,Pamela Silver3(1 神戸大・統合,2神戸大・院・工学・応化,3Dept. Systems Bio., Harvard Med. Sch.)
14:50 パネルでスカッション

第21回 酵母遺伝学に一塩基対単位へのルネサンスは訪れているのか

スタンフォード大学大西です。

今回は個人的な体験談から始めさせていただきます。
このコロキアム第8回のエントリー『プラズモダクション』のディスカッションで、プラズモダクションとプラスミドを用いた遺伝子破壊を組み合わせる事で、Synthetic Genetic Array (SGA)およびその関連技術を改善する事が出来るのではないか、という提言をしました。(一般読者向け:SGAは、Yeast ORF-deletion collectionやORF-overexpression collectionなどを使い、大量の遺伝子相互作用を網羅的に解析する手法)

#以下、『引用』の形にした部分は、最終的に完成させなかった技術に関する議論で本筋に関係ありませんので、読み飛ばしてもらって結構です

トロント大の谷内江さんには以前少しお話ししましたが、このアイデアは、別図に示すように 画像検索等でヒットした際に誤解を生じる可能性があるので、実現していない技術の図を載せるのは控えました。その分わかりにくくなるかもしれませんが、ご了承ください。ご興味があれば、連絡いただければ図をお送りします

(1)酵母の全ORFについて、バーコード付き遺伝子破壊カセット(両端にI-SceI制限酵素認識配列付き)をGAL-I-SceIプラスミド (URA3) にクローニングし、これを「ドナー株」にトランスフォーメーションしたコレクションを作成する
(2)「ドナー株」からプラスミドを「レシピエント株」にプラズモダクションで移動させる
(3)プラスミド上のI-SceI遺伝子を発現させ、遺伝子破壊カセットをプラスミドから切り出す
(4)破壊カセット上のマーカーによる選択およびプラスミドの逆選択
という手法を用います。

酵母に詳しい方なら、 遺伝子破壊の効率など、いくつか技術的な困難を予想されると思いますが、もしこの技術が実現すればSGAに対して数多くのアドバンテージが得られます。

(a) 最終的に破壊された株は「レシピエント株」とisogenicになるため、接合・胞子形成を介するSGAよりも均質なポピュレーションが得られる。Chemostatを使用したポピュレーション解析等にも適している
(b)「ドナー株」と接合できるかぎり、どのような株でも「レシピエント株」として使用可能。
例:各種野生株 (incl. SK-1, Sigma, etc)、 多重破壊株、点変異株、 胞子形成不能株、 産業株、医療株など
実験例:すでに4重破壊株を持っている場合、致死になる5重破壊株をスクリーニングする、等
(c)「ドナー株」コレクションからはプラスミド(とミトコンドリア)以外の遺伝情報は伝達されないため、KOコレクションのaneuploidyのように、コレクションのクオリティーによる問題がおこりずらい
(d) なにより、実験操作が比較的容易(混ぜる、SceIを誘導する、セレクション)でロボットも必要ではないため、小規模な研究室でも独立して実験しやすい

このアイデアについて、スタンフォード内外の何名かの酵母研究者にプレゼンテーションしたところ、技術的困難はあるが不可能ではない、実現すれば意義は大きい、という評価だったため、サイドプロジェクトとしてpreliminary dataを集めはじめました。しかし、ある出来事をきっかけに、このアイデアはお蔵入りさせてしまいました。

昨年末、とある酵母研究者(DLさんとします)がスタンフォードを訪れた際、私の研究についてのディスカッションをさせてもらいました。ひとしきり話したあと、「こんなアイデアもあるんだけど」と上記のサイドプロジェクトについて伝えたところ、
「アイデア自体はキュートだ。クレバーだし、うまくいったら面白い」としながらも、
「本質的な疑問として、SGAが上手く動かないからといって、君がそれを直してやる価値はあるのか。シークエンシング技術がこれだけのスピードで進化しているんだから、これからは一塩基の時代だろう。5年も経てば、破壊コレクションなんて時代遅れになっているんじゃないか

私はこの言葉に衝撃を受け、しばらく悩んだ後、上記のサイドプロジェクトを凍結する事を決意しました。現在は、その分の時間を新たに始めた「一塩基プロジェクト」に振り分けています。

皆さんはDLさんの言葉について、どう思われますか?

過剰発現・局在・結合解析など[1-3]、必然的にORFを単位とする研究を除外すると、大規模遺伝学(ここではSGAの10-100倍以上の規模を想定しています)については、今後点変異への回帰が起こるのは間違いないように思います。
SGAと同じような事を、「yfg破壊株を変異処理、致死になる株を集めて*シークエンシング、その後 genome-wide association 解析」という方法で出来るようになるわけです。(*ここで酵母ならではの、URA3プラスミド+5FOAなどを用いて本来致死の株を生かしておく、という方法が役に立ちます) 
ポピュレーション解析の形で、変異処理直後と、数世代後を比べる事で、定量的に数十万の変異株を比較する事も簡単に出来ます。

その他にも、既存の実験株、産業株、医療株をsmall-nucleotide polymorphisms(SNPs)のソースとして利用する研究はすでに盛んですし[4, 5]、極端な話としては、12.5 Mbps全てに一つずつ置換を入れたコレクションを作ってしまう、もしくは、約10,000個ずつ置換を入れた1,250株のコレクションをつくる、というような考え方もあります。

クラシカルな変異株探索にしても、「高頻度に変異度導入、目的の表現型を持つ株を取得。(この段階では無関係の変異が多数あるため、) 一度バッククロスして目的の表現型を示す子孫を集めてゲノムシークエンシング」という方法が簡単に出来ます。
株の単離を目指さずに、変異株プールから表現型を示すサブプールをスクリーニング、サブプールのゲノムをまとめてシークエンシングする事で表現型と連鎖する変異遺伝子座を同定する、という事も可能です。

一方、小〜中規模のゲノムワイド解析については、ORF破壊株コレクションを用いたSGA系テクノロジー(上記改善版も含む)は、これからも有用であろうと思います。定量的な「増殖速度」や「薬剤感受性」などは比較的に簡単に大規模解析が出来ますが、「胞子形成能」「オートファジー」「invasive growth」「細胞極性」など、大規模な定量解析が難しい形質について緻密に調べたい場合、約5,000という小規模のコレクションサイズはありがたいです。ただし、こちらについてもmicrosfluidics [6, 7]+ sorting + CalMorph[8, 9]のようなcomputational image analysisによってどんどん大規模化が進むにつれて、一塩基単位での大規模遺伝学の可能性が拓けてきそうです。

酵母遺伝学は、点変異株の単離とcharacterizationから始まり、その後遺伝子配列が同定される時代が来ました。ゲノムシークエンシングの完了と、PCRをもちいた相同組み替えによる遺伝子破壊の容易化によってORF破壊株を用いた研究が広まり、破壊株コレクション全盛の時代になっています。(少なくとも私は、いまだに「全盛の時代」だと認識していたため、上記のような方法でSGAを改善することに価値があると考えていました。)ゲノム配列を決定する技術的ハードルが下がって行くにつれ、点変異時代へのルネサンスが起こるのでしょうか。

酵母の成功に触発されて、遺伝子単位でのノックアウト・ノックダウン・挿入変異のコレクションは他の生物でもどんどん取り入れられています(大腸菌・マウス・ヒト培養細胞・線虫・クラミドモナス、など)。時代の最先端を走り続ける宿命にある酵母として、どのような方向に遺伝学が進んでいくべきか、議論が出来ればと思います。

1. Douglas, A.C., et al., Functional analysis with a barcoder yeast gene overexpression system. G3, 2012. 2(10): p. 1279-89.
2. Huh, W.K., et al., Global analysis of protein localization in budding yeast. Nature, 2003. 425(6959): p. 686-91.
3. Makanae, K., et al., Identification of dosage-sensitive genes in Saccharomyces cerevisiae using the genetic tug-of-war method. Genome research, 2013. 23(2): p. 300-11.
4. Wenger, J.W., K. Schwartz, and G. Sherlock, Bulk segregant analysis by high-throughput sequencing reveals a novel xylose utilization gene from Saccharomyces cerevisiae. PLoS genetics, 2010. 6(5): p. e1000942.
5. Zheng, W., et al., Genetic analysis of variation in transcription factor binding in yeast. Nature, 2010. 464(7292): p. 1187-91.
6. Ryley, J. and O.M. Pereira-Smith, Microfluidics device for single cell gene expression analysis in Saccharomyces cerevisiae. Yeast, 2006. 23(14-15): p. 1065-73.
7. http://www.cellasic.com/ONIX_yeast.html.
8. Ohya, Y., et al., High-dimensional and large-scale phenotyping of yeast mutants. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 2005. 102(52): p. 19015-20.
9. http://scmd.gi.k.u-tokyo.ac.jp.

第20回 WTF! Genetic trans-kingdom sex?

谷内江@トロントです。今年はまだ日中はコートなしでも歩けるくらい暖かい日もありますが、街はすっかりクリスマスの雰囲気です。

ひょんなことから大腸菌と酵母が接合できるという古典的な論文を見つけました (1-3)。
cerevisiaeのoriとleu makerを持ったプラスミドが大腸菌から酵母に接合によって移せるというものなのですが、これ有名な事なのでしょうか?
レシピエントの5×10^-5がプラスミドを受け取る程度の効率で、たぶん酵母の細胞膜が頑丈だからと議論しています。
スフェロプラスト化してやると効率は上がるでしょうか?この方法遺伝子工学的ツールとして強力なものになる未来はあるでしょうか?

1) Stachel SE, Zambryski PC (1989) Bacteria-yeast conjugation. Generic trans-kingdom sex? Nature 340, 190-191
2) Heinemann JA, Sprague GF Jr (1989) Bacterial conjugative plasmids mobilize DNA transfer between bacteria and yeast. Nature 340, 205-209
3) Sprague GF Jr (1991) Genetic exchange between kingdoms. Curr Opin Genet Dev 1, 530-533

第十九回 論文投稿からAcceptまで

ブルックリン大の幾井です。以前から議論したいと思っていた論文投稿からAcceptに至るまでの最近の兆候、そしてそれがもたらす就職への影響を述べたいと思います。

近年、大御所の雑誌に掲載されている論文を読んでいると一つのラボから出ている論文は少なく、必ず共同研究、そして共著者も2、3行以上であることが珍しくない。昔のように、学生とボスだけが著者という論文は大きな雑誌ではあまりお目にかからなくなった気がします。逆に数人の著者で、酵母の研究で論文が出ていると嬉しくもなります。著者が何十人もいる場合でもFirst authorは基本的に一人であることも心に止めておく必要があります。

この風潮はレビューのプロセスの中で科学雑誌が求めるものを単独ラボで消化できなくなっているということだということになり、我々としても生き残っていくには、あらゆる分野の研究者と交流し情報交換していくことが求められて来ています。

仮に無事に雑誌に投稿したとします。レビューを待つこと3ヶ月。再試に3ヶ月。レビューを待つこと3ヶ月。と繰り返して行くうちに一年を費やすこともあれば、大型雑誌なのでは2年のレビューの挙げ句にrejectなんていう話しもよく耳にします。プロジェクトを3年で終えたとしても論文が世の中に旅立つまでに計4−5年かかってしまうということになります。仮にrejectされてその間に競合相手に先を越されたらということもあるので、この場合は振り出しに戻ってしまう。近年は論文投稿にもかなりの金額を要するようになりましたが、acceptされたらいくらでも払いますという気分にさえなります。

ここでもう一つ議論したいのはポスドク研究者のキャリア。酵母研究であっても一つの論文を出すのに以前よりも時間がかかることは明らかで、動物実験に足を突っ込むとポスドク年数2桁ということも珍しくありません。アメリカのAcademiaで仕事を得るには最低2報は必要だろうから、どれくらいの年月がかかるかは想像がつきます。しかし、アメリカの場合、就職活動やfellowshipの申請ではPh.D.と取得後何年以内という制限が付くことが多いのです(就職の場合は公言われていないものの採用審査の時点で大きなキーになることは間違いない)。あくまで年齢ではなくて最終学歴から何年以内というくくりになっています。年齢に触れると法的に違法になってしまいます。例えばNIH R01の申請もPh.D.取得10年以内なら別枠で審査されるので、有利になります。

昨今の論文審査の厳しさ、それによってポスドク期間が伸びて来ているという背景を考えると、いかにいい仕事を早くまとめるかがacademiaで生き残って行くカギなのかもしれません。ラボ経営者も1年に数報の論文を出すことが望ましいですから状況は同じです。皆さん、論文審査でどういう経験をされているか興味がありましたのでトピックにしてみました。

第十八回 CerevisiaeのKOコレクションに見られるAneuploidy

守屋です。

大規模解析に関する短い関連話題ですが、エントリーを独立させました。

先日のYeast2012で、「cerevisiaeのKOコレクション(ハプロイド破壊株コレクション?)の多くのものがAneuploidになっている」という発言がちらほら出ていました。はじめAmonの発表で述べられていたらしい事を、大西さんに確認されて、私もぼーっとしていて聞き逃していたようなのですが、金曜日にも同様な話題が出ていましたね(大西さん、聞いてらっしゃいました?)。

その時の質疑では、「KOコレクションのそれぞれの株全部の塩基配列決定を誰かやらないのか?」「私たちやりはじめている。」という流れだったように思います。

これもまた大規模解析の難しさを物語っていますね。

第十七回 エラーの影響を無いように見せる?大規模データの世界。SGAの例。

谷内江@トロントです。

少々過激なタイトルにしてみましたが、前回の守屋さんのエントリーで大規模解析のエラー率の話があがり、AmyさんがSGAが50%程度のエラーを出すと指摘されましたので、50%のエラーが許される世界、50%のエラーがあっても大切な情報を引き出す簡単なデータマイニングについて書いてみたいと思います。

はじめに、2010年にトロントの大規模なSGA解析 [1] によって生産された鮮やかな酵母の遺伝子のネットワークの図はSGA解析から得られた遺伝的ネットワーク (genetic interaction network) そのものではありません。これはそれぞれの遺伝子の遺伝的プロファイル (genetic interaction profile) の相関をネットワークにして可視化したものです。これはどういうことでしょうか?

一般に(酵母や遺伝学の分野を離れて)集団の傾向を解析する統計の分野では母集団が十分にあれば、集団の90%が真実とは無関係にランダムに振る舞おうとも10%が真実を反映して振る舞えば、集団の真の傾向をあぶりだすことができます。大雑把に言えば、大規模データは【少々】の正解が混ざっていれば【大体】の事が言えるということです。

2010年の論文の例で言えば、細胞の遺伝的ネットワークの輪郭については十分な議論ができますし、論文内でもそのような議論が多くなされています。
一方で、当然個別の遺伝子間の作用を上手く反映していることをデモンストレーションする必要がありました。そして(おそらく)遺伝子のネットワークが既存の遺伝子の機能 (GO, Gene Ontology) を上手くクラスタリングできることが直感的な良いデモンストレーションであり課題でした。

Amyさんが挙げられた数字のさらに上をいって、仮にSGAのエラー率が90%だったとします。
エラー率が90%ある遺伝的ネットワークがうまく遺伝子の機能をクラスタリングしているでしょうか?これはしていなそうです。
ではエラー率が90%ある遺伝的ネットワークからうまく遺伝子の機能をクラスタリングしてしまうようなトリックはあるでしょうか?これはありそうです。

2010年の論文の規模は忘れましたが、仮に酵母の6,000個の遺伝子全部について二遺伝子破壊を行ったとしましょう。そして仮に90%がデタラメだったとしましょう。

トロントのチームが使ったトリックはこうです。
任意の二つの遺伝子AとBの関係を考えましょう。データの90%がデタラメですから、SGAによって生産されたA-B間の関係は90%の確率でデタラメです。
ところが、遺伝子Aはその他の5,999個の遺伝子との関係のスコア群(プロファイル)があります。遺伝子Bもその他の5,999個の遺伝子との関係のスコア群(プロファイル)があります。
この遺伝子Aのもつプロファイルと遺伝子Bのもつプロファイルの相関を測ったとき、データはA-B間の真の関係を反映するでしょうか?これについては、大規模データは【少々】の正解が混ざっていれば【大体】の事が言えるという性質がありますからA-B間の機能関係くらいの大雑把な指標は言い当ててしまうのです。

これが(たぶん)「なぜトロントの遺伝子のネットワーク図が遺伝的プロファイルの相関のネットワークなのか」の答えです。

どんなデータマイニングを施してもデータが本来もつ数学的な確度や情報量を変えることはできません。
今回の例は、コミュニティー(レビューア)の大半が納得してしまう「尺度」に対して上手くデータを「変換」させたということになるでしょう。そして敢えて強調しますが、このデータ変換は任意の遺伝子に対して遺伝子の機能程度のことを予測するには大変有用なものでした。

大規模データと大規模データを生産するスクリーニング系は現状ではほとんどの場合個別の現象に焦点を絞ると無用です。
他方、これらはテクニカルなデータ変換によって多様な側面から対象のぼんやりとした像を観察することことを目的にした場合は強力な資源です。この資源の活用は生物学ではこれまでのデータを受けてこれからどんどん発展する分野でしょう。

私は大規模データをデータマイニングする側の立場から、テクノロジーをデザインする立場にスイッチした者として、単純に「こういうスクリーニング系が作れるから作って実行した」ではなく、自分の系から何ができて、どの程度の解像度(確度)が必要で、それが未来に役立つのか、私たちのサイエンスを発展させるか、そしてそれが格好いいテクノロジーかを常に忘れてはいけないと思っています。

私はみなさんに、SGAが50%のエラー率を持っているとしたときに、それを実験系から得られる直接的な理解と照らして即座に無用なものと捉えずに、50%のエラー率という数学的な言葉そのものの通り、理想的な世界でSGAが実現する情報量の50%程度の情報量を持った「変換可能な大きな情報」として捉えていただきたいです。そう捉えたあとに、それがみなさんに有用かどうかという答えは私にはありません。

アマゾンやグーグルはこの手の質のデータから有用なマーケティングを現実世界でどんどん引き出しています。私たちの分野では何か起こるでしょうか?

[1] http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20093466

話題提供者にAmy Ikuiさんが加わりました

酵母コロキアムの話題提供者にAmy Ikuiさんが加わりました。
Amy IkuiさんはロックフェラーのFred Crossのラボでポスドクをされたあと現在Brooklyn Collegeでラボを主宰されています。
Amyさんどうぞ宜しくお願いします。

第十六回 酵母研究における生化学、それにつづくグローバル解析

(投稿:守屋さん@岡山大)

先日の、コロキアム第一回会合(飲み会?)で話題になったことについて今思うことを書いてみます。会合で吉田さんが主張したのは、「Geneticsは嘘をつかない。白黒ははっきりしている。生化学は一方でグレー。」というものでした。生粋のGenetist吉田さんらしい意見だと思います。このエントリーでは、(現代の)酵母研究者にとっての生化学と関連するグローバル解析について考えてみたいと思います。だらだらとした長文であることをお許しください。

前のエントリーでも書いたかもしれませんが、日本の酵母研究の父の一人である大嶋先生は、「酵母がもつ(他の生物にはない)強みは遺伝学である。」とおっしゃいました。私もこれに反対するつもりは全くありません。Yeast2012に参加していても(この学会がGenetic Society of America主催であることはさておき)、他の生物の追随を許さない強力なGeneticsの力、現在はGenomicsがこれに加わっていますが、を見せつけられます。

強みがあるのだからこれをとにかく使う、というのは当然の戦略です。ただ、私はGeneticsに頼りすぎて、実はそんなに難しくないBiochemistryから酵母研究者が遠ざかりすぎているのではないかという懸念も感じます。私は十数年前に、いまはなき三菱化学生命研でポスドクをやったのですが、その面接でGeneticsの学位論文の仕事を発表したときに、当時の所長だった永井克孝先生に、「Geneticsは点、Biochemistryは(その点をつなぐ線)」だと言われました。

そのせいではないのですが、生命研での仕事は、未知のプロテインキナーゼを、活性をたよりに酵母から精製するというものでした。そのとき当時のボスの酒井明さんが引用されていたのは、2003年になくなられたIra Herskowitz氏が学会で言われた(らしい)「これからは酵母研究者は生化学をしなければならない。」という言葉でした。私は一年かけて酵母の細胞抽出液からカラムクロマトグラフィーをやってキナーゼを同定しました。もちろん、このキナーゼ存在はその前のGeneticsがなければ予想できないものであり、キナーゼ活性のアッセイ系もGeneticsから得られた情報から構築されたものでした。まさにGeneticsで点をうち、Biochemistryで線を繋げたという感じです。

けれど私がやったこのBiochemistryは、ほんとうに酵母の強みをいかせるものだったのか?

その答えが私がキナーゼを精製した一年後に明らかになりました。こないだの会合では「Crappy Collection」といっていましたが、Eric Phizickyのグループが酵母のGenetics(Genomics)とBiochemistryをつなぎました。すべての遺伝子をプラスミドにつなぎ、それぞれに精製用のタグであるGSTをつけたのです[1]。これでGSTで精製したタンパク質の活性を測り、そのタンパク質を発現する遺伝子を持ったプラスミドをたどるだけで遺伝子が同定できます。私はのちに、留学先で同様のMike Snyderのグループが作ったCollection [2]を使って、わずか2回のアッセイで上記のキナーゼともう1つのキナーゼにたどり着いたときには愕然としたものです。

こういう便利なツールができたことは、酵母の強みをさらに高めましたが、ゴリゴリの生化学からは酵母研究者を遠ざけてしまったとおもいます。まあそれはそれでいいのでしょうけど。

一番はじめの話題に戻りますが、酵母の研究者がやる「Biochemistry」は、in vitro酵素活性測定はほとんどやらず、プルダウンなどの相互作用が中心です。これはグレーかもしれません。しかし私は、酵素活性を伴うBiochemistryは、それこそ決定的・とどめとなるデータだと思います。だからもっと活性測定をやりましょうということになるのですが、活性測定ができるタンパク質がターゲットでない場合には難しいですね。

なんだかまとまらないエントリーになっていますが、最後にもう1つだけ。こないだの会合で、Snyder氏の仕事に対して再現性の点で疑問が差し挟まれていました。ただ私の意見としては、GST-fusion collectionにもみられるように、Functional Genomicsの歴史を開いた彼の功績は大きいと思います。彼のグローバル解析に対する評価は、会合でさらに話題になったように、グローバル解析はどれくらい「完全」なのか(例えばノックアウトコレクションには何%間違いがあるのか)ということと関係が深いように思います。これは「ゲノム解析の塩基配列決定のミスがかつてどれくらい許されたのか」、という歴史に近いようにも思います。

今日の谷内江さんのすばらしいトークにもありましたが、CompleteなFunctional Genomicsというのはあり得るでしょうか?今ちょうどトロントのグループのトークでもやっていますが、「そのグローバル解析は、スクリーニングのために行われているのか、完全なランドスケープをみるために行われているのか?」。得られた個別のデータをどこまで信じていいのか。そういうことを評価する軸が必要なのかもしれません。例えば、これまでに既に知られているインタラクションが「得られなかった率」はどれくらいなのか、という評価です。

この評価は、グローバル解析をやる方にとっては恐怖であり、コストも大幅にアップするのでさけたいでしょう。したがって、この評価は、あくまでそのデータやリソースを使う側がそれをどれくらいの信頼度で使うかという「指標」として冷静に用いるべきでしょう。グローバル解析のために作られたデータやリソースは、作った側としてはもうけ度外視で提供しているものです。作った側としては、「Crappy Collection」などとは呼ばれなくないでしょう。最後はNBRP-yeastにgTOWコレクションを提供している立場としての言い訳っぽくなってしまいました。

[1] PMID: 10550052
[2] PMID: 11474067

第十五回 クロマチン代謝のシステマチックスクリーニング

谷内江@トロント大です。

現在守屋さん、吉田さん、大西さんらとYeast Meeting 2012@プリンストンに滞在しています。5泊6日でプリンストン大学に缶詰で濃い日々を過ごしています。

酵母テクノロジー屋の観点から、昨日のFred van Leeuwenさんの発表 [1] が面白いスクリーニングだと思ったので紹介させて下さい。

正確に発表を覚えていない部分があるかもしれませんが、概要はこうです。
彼らはまずヒストンタンパク質をエンコードする遺伝子の上流(もしくは下流)に二種類の免疫沈降タグとloxPサイトと共に以下の具合に入れました。
たぶんこんな感じでした:

[ヒストンH3]-[loxP]-[免疫沈降タグA]-[ターミネーター]-[loxP]-[免疫沈降タグB]

ヒストンH3をエンコードする遺伝子をこのようにしておくと、普段は[免疫沈降タグA]でしかヒストンを落とすことができませんが、Cre-loxP反応後は[免疫沈降タグB]でしか落とせなくなります。

Cre-loxPの誘導がない状態では、細胞内の染色体はすべて[ヒストンH3]-[免疫沈降タグA]で形成されています。
しかし、ある時間に細胞に対してCre-loxPの誘導をかけると染色体のヒストンH3の代謝によって染色体が[ヒストンH3]-[免疫沈降タグB]で形成されはじめます。

したがってCre-loxP反応後ある時間後に[免疫沈降タグA]で落ちてくるヒストンH3の量と[免疫沈降タグB]で落ちてくるヒストンH3の量をみることでクロマチンの代謝具合をモニターすることができるというものです。

これだけでも面白いのですが、彼らはさらにこれをBar-Seq法と組み合わせました:

酵母の一遺伝子破壊株コレクションの株それぞれにバーコーダー法 [2] でDNAバーコードを入れ、このクロマチン代謝トリック株とそれぞれ掛け合わせ、SGA法 [3] でクロマチン代謝トリックを持ちかつ一遺伝子が破壊された株のコレクションを作成しました。

すべての株をプール化して、Cre-loxPを誘導し、ある時間後に[免疫沈降タグA]でのChIP-Seqと[免疫沈降タグB]でのChIP-Seqをやって、[ヒストンH3]-[免疫沈降タグA]と一緒に落ちてきたDNAバーコードの数と[ヒストンH3]-[免疫沈降タグB]と一緒に落ちてきたDNAバーコードの数を比較しました。

要はこれで一遺伝子破壊に対応したクロマチン代謝の速度が一斉に測れるというもくろみで、アイディアはとても賢いのですが、まだまだ壁もあるようでした。

一遺伝子破壊株につきUPTAG-KanMX4-DNTAGという二つのバーコードが入っているのですが、UPTAGの結果とDNTAGの結果は相関しているのかという私の質問には「ない。KanMX4のプロモーター領域(UPTAG周辺)とターミネーター領域(DNTAG)周辺ではヌクレオソームのコンポジションが違う。」というフニャフニャした答えが返ってきました。

昨夜は日本人酵母研究者で集まって酵母の未来を語り合いました。

私は明日の朝にバーコードを使った次世代のインタラクトームスクリーニングについて発表します。

[1] http://www.yeast-meet.org/2012/abstracts/fulltext/f12560021.htm
[2] http://www.nature.com/nmeth/journal/v5/n8/full/nmeth.1231.html
[3] http://www.utoronto.ca/boonelab/sga_technology/index.shtml

細胞工学に紹介記事が掲載されました

細胞工学5月号から研究コミュニティーを紹介する新連載「研コミュ白書」がスタートし、その第一回に「酵母コロキアム」の紹介記事が掲載されました。

http://gakken-mesh.jp/journal/detail/9784780901306.html

多くの皆様にご笑覧頂き、より多くの酵母研究者の皆様の「酵母コロキアム」への参加をお願い致しますと共に、若い方々の酵母研究への参入を願います。

今後とも「酵母コロキアム」をどうぞ宜しくお願い致します。
熱い日本人の酵母研究がより熱く燃え上がれればと願います。