月別アーカイブ: 2月 2012

第十四回 酵母フランケンゲノムとDNAシーケンス戦争

谷内江@トロント大です。

今回は以前yeast_researchメーリングリストに投稿した「フランケンゲノム」の内容を編集して投稿します。

私達がゲノム情報にアクセスするとき、特にSNPなどの変異を議論をしたければその情報ソースを知る事はとても重要です。生物学はデータベースがとても充実していますが、それを使用するときは(議論する対象に応じて)裏をとる必要があります。

良い例がSaccharomyces Genome DatabaseのS. cerevisiaeのゲノムです。2011年4月まで(もしかして今でも [後述])長らく私達がS. cerevisiae S288c株のリファレンスゲノムとして取り扱ってきたゲノムは、複数のグループがそれぞれの染色体(またはその一部)を担当してサンガー法で解読されたものでした。このときに、どのようなコンセンサスがあったのか、またはコンセンサスなんて無かったのか、異なるグループが異なるS288c株のderivativesを選んで解読しました。一つのグループが一つの染色体に対して異なる株を使用していた例もあります。したがって、2009年4月まで皆がS. cerevisiae S288c株のゲノムとしていたもの(UCSCブラウザでsacCer2およびsacCer1にあたるもの)はいろんなS288c株近縁種のゲノムがごちゃまぜに繋ぎ合わされたゲノムでした。これを本当のS228cだと誤解している人が多いと思うのですが、私達はこれをフランケンゲノムと呼んでいます。
http://www.yeastgenome.org/cache/chromosomes.shtml

2009年になると、Ed LouisのチームがSanger Instituteと組んで第二世代シーケンサーを使ったリシーケンスを大量の酵母株についてやりました [1]。ご存知のように第二世代シーケンサーのリード長は短いので、de novoでシーケンス結果をアセンブルするのではなく、既存のリファレンスゲノム(フランケンゲノム)にDNAリードをアライメント(マッピング)して、SNPやindelを同定する形でそれぞれの株のゲノムを再構築しました。この様々な酵母株群のゲノム情報は以下のSanger Instituteのウェブサイトから取得することができます。
http://www.sanger.ac.uk/research/projects/genomeinformatics/sgrp.html
http://www.sanger.ac.uk/gbrowse/gbrowse/cere_dmc/

しかしながら、この仕事ではそれぞれの株についてread depth(それぞれの塩基について短いシーケンスreadがマッピングされた回数)が10x以下ですのでまだまだ信頼できるゲノム情報と言えるものではありません。

現在S288cについては十分なread depthで第二世代シーケンサーによるリシーケンスが完了し、UCSCでは去年からバージョン3(SacCer_Apr 2011/sacCer3)という形でS288cの完全なゲノムが利用できる状態です。先日SGDのマイク・チェリーさんとテレコンしたときはSGDにもこの新しいゲノム情報をフランケンゲノムと交換して載せると言っていましたが、アップデートされているか定かではありません。したがってSGDはまだフランケンゲノムを使っている可能性があります!

去年、私達のチームはBY4741/2のゲノムをread depth 100x以上で解読し、S288cゲノムバージョン3と比較して数百のSNP/indelがあることを見つけました。近日中に公開予定です。

他にも様々な大規模酵母ゲノムプロジェクトの話を耳にします。

酵母のリシーケンスが進む一方で、Illumina社などが販売する第二世代シーケンサーによるリシーケンスはどんなに十分なread depthをもってしても150bpなどの短いリードによるシーケンスです。SNP/indelなどの情報を見つけるには十分にしても大規模なゲノムリアレンジメントやリピート領域のリシーケンスには不十分です。この問題はすぐに第三世代シーケンサーとよばれるシーケンサーが解決します。

ここで第三世代シーケンサーを概説することはしませんが、例えばNanoporeという直径20nmの穴にDNAを通してサンガー法よりも遥かに長いリード(数kb)をシーケンスする技術 [2] を使って最近Oxford nanopore社が嘘のようで本当の衝撃的なシーケンサーのモデルを発表しました。使い捨てでUSBスティックのシーケンサーです。


http://www.nanoporetech.com//technology/minion-a-miniaturised-sensing-instrument

どうも私達は数年以内にUSB使い捨てシーケンサーを自分たちのラップトップに差し込んで、瞬間的にゲノムを解読する時代を迎えるようです。第三世代シーケンサーが登場しても短いリード長のDNAをパラレルに大量に解読する第二世代シーケンサーの有意性はまだまだ残りますが(例えば以前話題にしたバーコードシーケンス)、DNAシーケンステクノロジー(およびそれをめぐる経済戦争)は目紛しく動いています。ライバル同士の反応も過剰です。

http://www.forbes.com/sites/matthewherper/2012/02/18/who-doubts-the-usb-thumb-drive-sequencer-a-rival/

例えば数秒間で$100で自分のラップトップで一細胞のゲノムが読めるような時代に酵母で何ができるでしょうか?加熱するDNAシーケンス戦争で勝たなくちゃいけないとは思いませんが、来るべき時代に頭を備えておくと良さそうです。

[1] Liti G et al (2009) Population genomics of domestic and wild yeasts. Nature 458, 337-341
[2] http://en.wikipedia.org/wiki/Nanopore

第十三回 遺伝子変異における寛容性、ロバストネス

丑丸@静大です。

卒研発表等も終わって年度末のほんのひと時の比較的時間を享受している今日この頃です。
忙しくて参加できずにいた間、溜めていた質問(問題提起)を続けてさせていただきます。

今回の題名は勿論、守屋さんを念頭においたものです(笑

我々はその必然として時間軸において切り取られた生物を観察対象にせざるを得ないわけで、常に意識下に「現在における」という限定された現象を見ていると自覚することが大事と自分に言い聞かせてはおります。

今回はそんなことを考えている中での疑問なわけですが、
個々の遺伝子は常に変異し(hypoactiveな変異を念頭に)、間引かれ、集団内で浮動するものであれば、そのような個々の遺伝子変異に対する細胞としての寛容性、ロバストネスはどのようになっているのでしょうか、ということです。

ケース1
極端なケースとして、ロバストネスが全くない世界では、1つの遺伝子が変異したらその個体は即退場ということになりかねません。

ケース2
その逆のロバストネスが有り過ぎの世界では、1つの遺伝子がたとえ活性を失うような変異となっても、その遺伝子変異を抱えつつその個体は子孫を残せます。

実際の生物はその中間にいるのでしょうが、生物個体としてはケース2であって欲しいと思う反面、そのような場合、ジャンクがどんどんゲノム中に蓄積することとなり、働かず自分はぬくぬくと子孫を残すような「利己的遺伝子」が跋扈するような惨状になりかねません。

ドーキンス的に言えば、生物個体は表現型をもたらすような個々の遺伝子の集合体であり、遺伝子達はある場面では協調的に、ある場面では競合的に振舞いつつも、生物個体を支えて行かねばならないわけです。

遺伝子重複による進化というお話も、遺伝子重複で片方の遺伝子で十分なのであれば、普通に考えたらジャンクだらけになりかねません。

遺伝子は表現型という形でしか自然淘汰に引っかかる事なく(中立的変異も表現型をもつということであれば同義です)、そもそも表現型をもたないようなDNA配列が本当に存在するのかは謎ですが、それはさておき、そのような、無賃乗車(ただ乗り)遺伝子を排除するには、市民としては、ケース1のように厳しく審査することが大事です。

しかし、厳しい審査にパスさせないということは、自分もその場で退場を余儀なくされるということになることが、人間社会と遺伝子社会では異なります。子孫を沢山産んで淘汰に曝して適者に残ってもらうというr戦略をとる生物(酵母)では、このやり方をとることができそうです。自分も死ぬけど、厳しくお互いを監視。

一方、K戦略型生物(ヒト)ではこの方法をとるのは困難となり、斯くして生物個体中にはジャンク遺伝子がうじょうじょということになりそうな印象があります。

本当にそのようになっているのかどうかご存知の方がいらっしゃいましたら教えて下さい。

つまり、細胞、個体のロバストネスというとその生物個体にとってよいような印象を受けがちですが、それは諸刃の剣であり、遺伝子本位の生物観からしたらロバストネスが高いことは必ずしも善ならず、というのが私の印象ですが、みなさん、いかがでしょうか。

第十二回 酵母の全体主義的な行動ーアポトーシスを例に

丑丸@静大です。

挨拶代わりの肩ならし程度の話題で最初はご勘弁願います。

当研究室に出芽酵母の経時的寿命(定常期のまま長期培養、長期栄養源飢餓状態)を調べている学生さんがいるのですが、そこでは知られていることですが、アポトーシスで酵母が死んで行く様子が観察できておー、という感じになります。

その生物学的意義としては、メンバーが何割りか犠牲になることで口減らし、それ以上に、細胞内容物を残りの仲間に提供するというのが考えられていて、そこに酵母達の自己犠牲的の精神をみることができる訳です。

metacaspase YCA1欠損株では、定常期培養初期には細胞死は少ないが、その後どどっと増えるという論文があります。

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/14970189

しかし、遺伝子を一にする単一クローンの集団であれば、細胞全員で生き抜こうと頑張り全滅になるより、1%でも生き残って次世代に遺伝子を残すという必然的な戦略と言えるでしょう。

ここでミソなのは、「単一クローン」であればという点です。
自然界では異なるクローンの酵母が入り乱れて生育している訳で、下手をすると他クローンのために死ぬことになりかねません。

しかし、そういうケースでもやむなしと自己犠牲的精神を発揮するのか、もしくは自分のクローンに他ローンが混在している場合には、それを感知して持久戦が続くのか興味があります。

他クローンを混ぜて培養すし増殖、サバイバルを比較するという論文を見たことがあるのですが、例えばS288C由来の何か単一遺伝子のノックアウト株同士の比較で上述の問題に答えたことになるのかも疑問です。

どなたか、この問題を一緒に考えていただければうれしいです。

第十一回 番外編 酵母のノックアウトコレクションのエラー

谷内江@トロントです

ちゃんと読んでからもう一度リポートしますが、身の毛もよだつ論文がKupiecのラボから発表されています。酵母のノックアウトコレクションの7-15%が間違っているというものです。

ノックアウトを作成したときにとなりのプロモーターを削ってしまったということらしいです。なんとなくそんな感じだろうなと思っていましたが、予想外の多さではないでしょうか?

Finding mistakes in yeast gene libraries
http://www.natureasia.com/en/research/index/highlight/id/1649/

Systematic identification of gene annotation errors in the widely used yeast mutation collections
Taly Ben-Shitrit, Nir Yosef, Keren Shemesh, Roded Sharan, Eytan Ruppin & Martin Kupiec
Published online: 05 February 2012 | doi:10.1038/nmeth.1890
http://www.nature.com/nmeth/journal/vaop/ncurrent/full/nmeth.1890.html