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第21回 酵母遺伝学に一塩基対単位へのルネサンスは訪れているのか

スタンフォード大学大西です。

今回は個人的な体験談から始めさせていただきます。
このコロキアム第8回のエントリー『プラズモダクション』のディスカッションで、プラズモダクションとプラスミドを用いた遺伝子破壊を組み合わせる事で、Synthetic Genetic Array (SGA)およびその関連技術を改善する事が出来るのではないか、という提言をしました。(一般読者向け:SGAは、Yeast ORF-deletion collectionやORF-overexpression collectionなどを使い、大量の遺伝子相互作用を網羅的に解析する手法)

#以下、『引用』の形にした部分は、最終的に完成させなかった技術に関する議論で本筋に関係ありませんので、読み飛ばしてもらって結構です

トロント大の谷内江さんには以前少しお話ししましたが、このアイデアは、別図に示すように 画像検索等でヒットした際に誤解を生じる可能性があるので、実現していない技術の図を載せるのは控えました。その分わかりにくくなるかもしれませんが、ご了承ください。ご興味があれば、連絡いただければ図をお送りします

(1)酵母の全ORFについて、バーコード付き遺伝子破壊カセット(両端にI-SceI制限酵素認識配列付き)をGAL-I-SceIプラスミド (URA3) にクローニングし、これを「ドナー株」にトランスフォーメーションしたコレクションを作成する
(2)「ドナー株」からプラスミドを「レシピエント株」にプラズモダクションで移動させる
(3)プラスミド上のI-SceI遺伝子を発現させ、遺伝子破壊カセットをプラスミドから切り出す
(4)破壊カセット上のマーカーによる選択およびプラスミドの逆選択
という手法を用います。

酵母に詳しい方なら、 遺伝子破壊の効率など、いくつか技術的な困難を予想されると思いますが、もしこの技術が実現すればSGAに対して数多くのアドバンテージが得られます。

(a) 最終的に破壊された株は「レシピエント株」とisogenicになるため、接合・胞子形成を介するSGAよりも均質なポピュレーションが得られる。Chemostatを使用したポピュレーション解析等にも適している
(b)「ドナー株」と接合できるかぎり、どのような株でも「レシピエント株」として使用可能。
例:各種野生株 (incl. SK-1, Sigma, etc)、 多重破壊株、点変異株、 胞子形成不能株、 産業株、医療株など
実験例:すでに4重破壊株を持っている場合、致死になる5重破壊株をスクリーニングする、等
(c)「ドナー株」コレクションからはプラスミド(とミトコンドリア)以外の遺伝情報は伝達されないため、KOコレクションのaneuploidyのように、コレクションのクオリティーによる問題がおこりずらい
(d) なにより、実験操作が比較的容易(混ぜる、SceIを誘導する、セレクション)でロボットも必要ではないため、小規模な研究室でも独立して実験しやすい

このアイデアについて、スタンフォード内外の何名かの酵母研究者にプレゼンテーションしたところ、技術的困難はあるが不可能ではない、実現すれば意義は大きい、という評価だったため、サイドプロジェクトとしてpreliminary dataを集めはじめました。しかし、ある出来事をきっかけに、このアイデアはお蔵入りさせてしまいました。

昨年末、とある酵母研究者(DLさんとします)がスタンフォードを訪れた際、私の研究についてのディスカッションをさせてもらいました。ひとしきり話したあと、「こんなアイデアもあるんだけど」と上記のサイドプロジェクトについて伝えたところ、
「アイデア自体はキュートだ。クレバーだし、うまくいったら面白い」としながらも、
「本質的な疑問として、SGAが上手く動かないからといって、君がそれを直してやる価値はあるのか。シークエンシング技術がこれだけのスピードで進化しているんだから、これからは一塩基の時代だろう。5年も経てば、破壊コレクションなんて時代遅れになっているんじゃないか

私はこの言葉に衝撃を受け、しばらく悩んだ後、上記のサイドプロジェクトを凍結する事を決意しました。現在は、その分の時間を新たに始めた「一塩基プロジェクト」に振り分けています。

皆さんはDLさんの言葉について、どう思われますか?

過剰発現・局在・結合解析など[1-3]、必然的にORFを単位とする研究を除外すると、大規模遺伝学(ここではSGAの10-100倍以上の規模を想定しています)については、今後点変異への回帰が起こるのは間違いないように思います。
SGAと同じような事を、「yfg破壊株を変異処理、致死になる株を集めて*シークエンシング、その後 genome-wide association 解析」という方法で出来るようになるわけです。(*ここで酵母ならではの、URA3プラスミド+5FOAなどを用いて本来致死の株を生かしておく、という方法が役に立ちます) 
ポピュレーション解析の形で、変異処理直後と、数世代後を比べる事で、定量的に数十万の変異株を比較する事も簡単に出来ます。

その他にも、既存の実験株、産業株、医療株をsmall-nucleotide polymorphisms(SNPs)のソースとして利用する研究はすでに盛んですし[4, 5]、極端な話としては、12.5 Mbps全てに一つずつ置換を入れたコレクションを作ってしまう、もしくは、約10,000個ずつ置換を入れた1,250株のコレクションをつくる、というような考え方もあります。

クラシカルな変異株探索にしても、「高頻度に変異度導入、目的の表現型を持つ株を取得。(この段階では無関係の変異が多数あるため、) 一度バッククロスして目的の表現型を示す子孫を集めてゲノムシークエンシング」という方法が簡単に出来ます。
株の単離を目指さずに、変異株プールから表現型を示すサブプールをスクリーニング、サブプールのゲノムをまとめてシークエンシングする事で表現型と連鎖する変異遺伝子座を同定する、という事も可能です。

一方、小〜中規模のゲノムワイド解析については、ORF破壊株コレクションを用いたSGA系テクノロジー(上記改善版も含む)は、これからも有用であろうと思います。定量的な「増殖速度」や「薬剤感受性」などは比較的に簡単に大規模解析が出来ますが、「胞子形成能」「オートファジー」「invasive growth」「細胞極性」など、大規模な定量解析が難しい形質について緻密に調べたい場合、約5,000という小規模のコレクションサイズはありがたいです。ただし、こちらについてもmicrosfluidics [6, 7]+ sorting + CalMorph[8, 9]のようなcomputational image analysisによってどんどん大規模化が進むにつれて、一塩基単位での大規模遺伝学の可能性が拓けてきそうです。

酵母遺伝学は、点変異株の単離とcharacterizationから始まり、その後遺伝子配列が同定される時代が来ました。ゲノムシークエンシングの完了と、PCRをもちいた相同組み替えによる遺伝子破壊の容易化によってORF破壊株を用いた研究が広まり、破壊株コレクション全盛の時代になっています。(少なくとも私は、いまだに「全盛の時代」だと認識していたため、上記のような方法でSGAを改善することに価値があると考えていました。)ゲノム配列を決定する技術的ハードルが下がって行くにつれ、点変異時代へのルネサンスが起こるのでしょうか。

酵母の成功に触発されて、遺伝子単位でのノックアウト・ノックダウン・挿入変異のコレクションは他の生物でもどんどん取り入れられています(大腸菌・マウス・ヒト培養細胞・線虫・クラミドモナス、など)。時代の最先端を走り続ける宿命にある酵母として、どのような方向に遺伝学が進んでいくべきか、議論が出来ればと思います。

1. Douglas, A.C., et al., Functional analysis with a barcoder yeast gene overexpression system. G3, 2012. 2(10): p. 1279-89.
2. Huh, W.K., et al., Global analysis of protein localization in budding yeast. Nature, 2003. 425(6959): p. 686-91.
3. Makanae, K., et al., Identification of dosage-sensitive genes in Saccharomyces cerevisiae using the genetic tug-of-war method. Genome research, 2013. 23(2): p. 300-11.
4. Wenger, J.W., K. Schwartz, and G. Sherlock, Bulk segregant analysis by high-throughput sequencing reveals a novel xylose utilization gene from Saccharomyces cerevisiae. PLoS genetics, 2010. 6(5): p. e1000942.
5. Zheng, W., et al., Genetic analysis of variation in transcription factor binding in yeast. Nature, 2010. 464(7292): p. 1187-91.
6. Ryley, J. and O.M. Pereira-Smith, Microfluidics device for single cell gene expression analysis in Saccharomyces cerevisiae. Yeast, 2006. 23(14-15): p. 1065-73.
7. http://www.cellasic.com/ONIX_yeast.html.
8. Ohya, Y., et al., High-dimensional and large-scale phenotyping of yeast mutants. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 2005. 102(52): p. 19015-20.
9. http://scmd.gi.k.u-tokyo.ac.jp.