月別アーカイブ: 11月 2011

第七回 酵母はなぜ胞子を作るのか

はじめまして、スタンフォード大学でポストドクトラルスカラーとして働いています、大西雅之と申します。現在はJohn R. Pringleの研究室で、出芽酵母の細胞質分裂に関する研究を行っております。今回コロキアムの話題提供者としてお声をかけていただき、他の提供者の方々と名前を並べていただくことに恐縮していますが、精一杯つとめたいと思っております。

個人的には大規模解析やシステムズバイオロジーにも興味を持っており、いくらか手を出している部分もあるのですが、これらの分野についてはエキスパートがいらっしゃるので、私はなるべくちょっと変わった話題を提供して行ければと思っています。

今回は「酵母はなぜ胞子を作るのか」という点について、面白い視点を提供した論文をご紹介します。

ご存知の通り、二倍体酵母細胞(今回は出芽酵母についてのみ議論しますが、分裂酵母の胞子形成については[1]など)は栄養が枯渇した条件にさらされると増殖を停止し、減数分裂と胞子形成を行います。作られた4つの一倍体胞子は、環境が改善すると発芽し、通常は近傍に存在する異性細胞と接合して二倍体に戻ります[2]。

研究室で容易に胞子形成を誘導でき、特定の遺伝型を持った一倍体胞子を単離し、目的に合致した株を作成できるという酵母の性質は、遺伝学を容易かつ迅速に行うことを可能にします。我々研究者にとっては大変ありがたい特性であり、酵母をスーパーモデル生物としての地位に押し上げた一番の要因の一つでもあります。さらに、胞子形成は配偶子形成(これは当然ですね)・新規オルガネラ形成・オルガネラソーティング・細胞分化・細胞内膜輸送・細胞質分裂など、様々な現象のモデルと考えることも出来ます。そのため、減数分裂と胞子形成の誘導・進行の分子メカニズム、つまり酵母が「どのように」胞子を作るかについてはこれまで多くの研究が精力的になされてきています[3]。

しかし、酵母は「なぜ」胞子を作るのでしょうか。

Stony Brook UniversityのAaron Neiman研究室およびMaurice Kernan研究室が、2008年に出した論文において、『ハエによる捕食を介して新たな環境に移住するため』ではないかという仮説を提唱しました[4]。詳細は論文(および、このエントリーを書いている間に発表されたレビュー[3])に譲りますが、
– 胞子とG1停止した栄養増殖細胞を比較すると、自然界に存在するほとんどのストレス(温度、浸透圧、凍結など)にはG1停止細胞で十分な耐性を示すが、高低pHや酵素による代謝には胞子のみが耐える
Drosophila属のハエは酵母を補食する
などの知見・観察を動機として、胞子とG1細胞でハエに食べられたのちに便の中で生存している割合を比較する実験を行い、胞子の方が約50倍高い生存率を示すことを見いだしました。
さらに、この被食耐性には、胞子特有の細胞壁であるジチロシンおよびキトサン層が重要とわかりました。酵母の分散にハエが貢献していることは古くから知られていましたが[5]、今回の例は捕食を介していることをきちんとしたアッセイで示し、減数分裂を行って胞子を作る意義に新たな提案をしていることが新しいと言えます。

今回の論文では実験動物としてDrosophilaが使用されていますが、他の昆虫や動物がかかわっている可能性も十分に考えられます。ハチや鳥などはありえそうな例ですし、キノコを食べるカタツムリやナメクジなどもあるかもしれません。我々が胞子嚢を分解するのに使うグルスラーゼはカタツムリ由来です。

植物・菌類(きのこ・かび)・珊瑚などの多くのimmobileな生物において、有性生殖期(花粉・胞子・遊走子・幼生)は生活環におけるmobile phaseとなっています。新しい環境に適応するために遺伝的多様性を増やすという戦略と考えられます。基本的にimmobileでありながら、胞子も移動能を持たない(カビと比べると飛散能がほとんどない)酵母は、生活環に明らかなmobile phaseが存在しない、ちょっと変わった生き物と言えます。ハエ(または他の動物)による運搬という戦略は、酵母に分散能を与えるだけでなく、ただ飛散するよりも高い確率で生存可能な環境(=ホストの好む食物)に移住できる可能性が高いという点で、非常に優れているのではないでしょうか。

さらに出芽酵母は、通常は高い確率で同じ胞子嚢由来の胞子と接合してしまうinbreeding指向を持っていますが、Drosophilaによる胞子嚢およびinter-spore bridgesの分解によって、outbreeding指向を高められることが報告されています[6]。一匹の昆虫が、花から花へと蜜を求めて飛び回りながら胞子を集め、その後一カ所にまとめてフンをすることで、outbreedingの確率があがることになります。

このように色々とスペキュレーションが膨らむ、非常に説得力のある「昆虫による分散のための胞子形成」仮説ですが、では自然界では胞子形成はどのような環境で起こるのでしょうか。上では胞子形成条件は窒素飢餓としましたが、より正確には「窒素源飢餓+non-fermentable carbon sourceの存在」となっています。non-fermentable carbonとしては、最も有効なのは酢酸塩(アセテート)であることがわかっています[7]。自然界でこのような条件が揃うのはどのような場合でしょうか。恥ずかしながら、私はうまい例が思いつかなかったので、Aaron Neiman博士に直接質問してみました。公式な答えとしては、「出芽酵母の生態について、わかっていることが少なすぎるため、はっきりとした答えは出せない」ということでしたが、あくまで可能性、スペキュレーションであると前置きして、一つの例を挙げてくださいました。酵母と言えばワイン(日本人なら日本酒ですが)ですが、その原料葡萄の表面に酵母とともに多く存在するのが酢酸菌、特にアセトバクターです。アセトバクターは、エタノールを代謝して、アセテートに変換します。ワインにアセトバクターがコンタミネーションすると、ワインビネガーになります。酵母が葡萄の表面である程度生育したあと、アセトバクターが取って代わって優占種になったような状況が、元々少ない窒素減が枯渇しアセテートが蓄積した、胞子形成条件にあたるのではないか、とのことでした。アセトバクターの代謝によって酸っぱくなった(腐った)葡萄は、ハエの大好物でもあるそうです。
繰り返しになりますが、これはあくまで一つの可能性に過ぎません。出芽酵母は様々な場所から単離されています。他の可能性について、ぜひコメントをお願いします。

ハエやハチなど、糖類を主食とする昆虫は、体内外に多くの酢酸菌を保持していることが知られています[8]。体内の酢酸菌は、主食の糖の代謝を行うことで、ある意味宿主の食性を定めているということも出来ます。これは私の妄想ですが、酵母・酢酸菌・ハエの三者間に一種の共生関係が見えるような気がします。共生(symbiosis)の定義は人によってかなり違うので、共進化(co-evolution)と言っておいた方が安全かもしれませんが。いずれにせよ、今回ご紹介したような論文は、我々が何千年も工業利用し、何十年も研究に使ってきた出芽酵母という生き物ですら、その生態や進化について「わからない」ことが多いということを示す良い例ではないでしょうか。

今回ご紹介した話題は出芽酵母でしたが、論文中では分裂酵母の胞子もハエによる捕食にある程度耐えることが示されています。他の酵母類でどうなるのか、興味深いところです。数百個の胞子を作る出芽酵母の一種Kluyveromyces polysporusなど、もしかしたら個体数の割に地理的分布が進んでいたりしませんでしょうか。

次回は、胞子形成シリーズ2として、『寿命のリセット(rejuvenation)は胞子形成の動機たり得るのか』というトピックについて議論・検証したいと思っています。(本来は一つのエントリーにするつもりでしたが、長くなってしまいました。)

1. Shimoda, C., Forespore membrane assembly in yeast: coordinating SPBs and membrane trafficking. J Cell Sci, 2004. 117(Pt 3): p. 389-96.
2. Neiman, A.M., Prospore membrane formation defines a developmentally regulated branch of the secretory pathway in yeast. J Cell Biol, 1998. 140(1): p. 29-37.
3. Neiman, A.M., Sporulation in the Budding Yeast Saccharomyces cerevisiae. Genetics, 2011. 189(3): p. 737-65.
4. Coluccio, A.E., et al., The yeast spore wall enables spores to survive passage through the digestive tract of Drosophila. PLoS One, 2008. 3(8): p. e2873.
5. Gilbert, D., Dispersal of Yeasts and Bacteria by Drosophila in a Temperate Forest. Oecologia, 1980. 46(1): p. 135-137.
6. Reuter, M., G. Bell, and D. Greig, Increased outbreeding in yeast in response to dispersal by an insect vector. Curr Biol, 2007. 17(3): p. R81-3.
7. Croes, A., Induction of Meiosis in Yeast. Planta, 1967. 76: p. 209-226.
8. Crotti, E., et al., Acetic acid bacteria, newly emerging symbionts of insects. Appl Environ Microbiol, 2010. 76(21): p. 6963-70.

第六回 網羅性の陰に精度を犠牲にする(バーコードシーケンス)

トロント大の谷内江です。

先週会議で行ったニューヨークは雪が降っていましたが、トロントも夏時間が終わり寒くなってきました。

2002年(今は私の二つ上の階にラボを構える)Guri Gieaverらがまだスタンフォードにいる時に、出芽酵母の一遺伝子欠損株コレクション [1,2] を作りました。すべての欠損株は対応する遺伝子座にマーカー遺伝子を挟む形で二つのDNAバーコード(UPTAGとDNTAG)を持つように作られています。それぞれのバーコードは異なる20bpの配列をもち、共通のPCRプライマーで増幅可能となっています。他にもバーコード化されたORFプラスミドコレクションMoBY-ORFコレクションなどがあります [3]。

細胞のバーコード化はマイクロアレイや最近は次世代シーケンサーの利用よってハイスループットな酵母のスクリーニングを可能にしました。簡単な流れはこうです:
(1) バーコード化された酵母コレクションを全部混ぜる
(2) 混ぜたプールを特定の条件下で生育する
(3) プールに対してバーコード領域を共通のPCRプライマーで増幅させる
(4) マイクロアレイまたは次世代シーケンサーによってそれぞれのバーコードの量を欠損株それぞれの菌体数として測る

これの対極として考えられるのは、(おそらく守屋さんもお持ちでしょうが)高度に並列化されてそれぞれの株のODを一つずつ測定するアッセイ系の利用です。すべての株について成長曲線を得る事ができますから特定の環境下において正確に株の適応度を測定することができます。

バーコード化コレクション+プールアッセイには注視すべき二つ部分があります。

一つ目は配列に依存するPCRの増幅効率です。高い配列依存性の知られるマイクロアレイはもとより、次世代シーケンサーを利用する場合でも超競争的環境下でのPCRによるバーコード増幅(大量の異なるテンプレートバーコードDNAの増幅)過程を経ます。同グループはUPTAGとDNTAGのシーケンスリード数に相関があることを示しています [4]。これはPCR(およびシーケンシング)がテンプレートDNAの分子数(ゲノムにエンコードされているのでつまりは細胞数)を反映しない限り起こりえないことですから、ある程度の精度では細胞数を相対定量できることになります。

二つ目は、菌体自身もまた超競争的環境下にさらされるという点です。適応度の低い株は単離しておけば成長しますが、適応度の高い株との競争的環境下におくと適応度の高い株に駆逐されることがあります。プールアッセイでは適応度の低い株の駆逐がおこりますから、多様な条件下における異なる超競争的アッセイがどれだけ私達に必要な情報を与えてくれるのか実験をデザインする際に考えなくてはなりません。

言うまでもなく、バーコード化コレクションのプールアッセイはスループットの点で格段に優れていますし、ある一種の革命を起こしました。しかしながら、現段階では確実に網羅性の陰に精度を犠牲にしています。

網羅性を保ったまま、より精度の高いスクリーニングのデザインはないでしょうか?

競争的PCRによるバーコード増幅過程にはいくつか改善案がありそうです。ひとつの簡単な手法は、すべてのバーコードを例えば[G/C][A/T]のリピートで構築してDNAの融解温度を似たようなものに保つことです。こうすることによって、すべてのバーコードのPCR効率を同等のものにすることができる気がします。もうひとつは、最近マウスの造血幹細胞の分化をレンチウィルスを用いたDNAバーコード化でトラックした研究 [5] に見られるように、ゲノムやプラスミドにバーコードをエンコードする際にイルミナのシーケンスアダプターで挟んだ配列ごとエンコードしてしまうことが考えられるかもしれません。

バーコードデザイン例:
[制限酵素サイト][イルミナアダプターPE1][バーコード][イルミナアダプターPE2][制限酵素サイト]

造血幹細胞の例ではPCRによる増幅が使われていますが、シーケンスアダプターの外側に制限酵素サイトもエンコードし、プールアッセイ後にDNAを精製、制限酵素サイトによりシーケンスアダプターで挟まれたバーコード領域を切り出し、直接イルミナのフローセルに流し込みます。Bridge PCRによってフローセル上で形成されるシーケンシングクラスターは、(PCR効率に依存するクラスターの大きさに関わらず)形成さえされてしまえば1分子に由来するものとして1リードの情報を与えてくれます [6]。したがって、このデザインから得られるリード数は直接プール内に存在したバーコードの多様性を反映することになるのではないでしょうか?

細胞の競争的環境下におけるアッセイも、「競争」を物理的な壁を作ることによって避けることができそうです。超密なマイクロウェルを使用する方法です。たとえば均質な1,000,000,000個のウェルをもった素材を想像して下さい(存在します)。バーコード化されたコレクションをプール化した後に、十分に培地で希釈し、1,000,000個程度の細胞をこの素材に流し込むとどうなるでしょうか?ほとんどのウェルは空のままで、いくつかのウェルにはそれぞれ一つだけ細胞が入り込み、ごく稀(無視できるほどの数)に一つのウェルあたり二つ以上の細胞が入ります(この分布はポワソン分布に従います)。この状態で培養した後に細胞を回収し、バーコード同定を行った場合、アッセイ中の細胞間の競争という部分が回避できそうです。

「網羅性の陰に精度を犠牲にする」ことについての議論はよく聞かれますが、新しいアイディアの創出によってその壁を越えていくことこそが重要だと思います。

[1] Giaever G et al. (2002) Functional profiling of the Saccharomyces cerevisiae genome. Nature 418, 387-391
[2] http://www-sequence.stanford.edu/group/yeast_deletion_project/
[3] Ho CH et al. (2009) A molecular barcoded yeast ORF library enables mode-of-action analysis of bioactive compounds. Nat Biotech 27, 369-377
[4] Smith A et al. (2009) Quantitative phenotyping via deep barcode sequencing. Genome Res 19, 1836-1842
[5] Lu R et al. (2011) Tracking single hematopoietic stem cells in vivo using high-throughput sequencing in conjunction with viral genetic barcoding. Nat Biotech 29, 928–933
[6] http://www.illumina.com/documents/products/techspotlights/techspotlight_sequencing.pdf